3月11日、この日はまた新たな災禍の日としてこれから記憶されるのだろうか。
今現地で繰り広げられている現実は、国難という言葉も軽い。地獄ではないか。
死者不明者が千数百人という数字は、今後おそらく一桁上がるのではないかと思う。
かねてから宮城県沖地震は30年以内に発生する確率は99%といわれていたのでいつ来てもおかしくなかったのだが、実際に来てしまった現実は簡単には受け止められないほどの災害になってしまった。
建築に携わるものとして思うこともあるが、それよりも日本人として何が出来るか、何かしたいという思いが巡る。
そんな思いを抱いている方々も多いのではないか。
あの泥の中を分け入り、ボランティアをされる方もいるだろう。それは頭が下がるし、事情が許せば僕もやりたい。
しかし実際に出来ることは、現場からは遠いこちら側からできることしかないのが歯がゆい。まずは寄付だけでも。
過去の災害においても、個人が善意で送ったバラバラの救援物資(モノ)が、仕分けと転送に手間がかかり、逆に現地の救援活動の障害になってしまうことが多い。
ここは現金を送ることが最善の救援物資になると思うので、志を託したい。
地震後から我々の総理大臣の顔がなかなか見られないのがおかしいと思っていたが、昨晩演説をするというので期待していたら、選挙演説のような言い回しで全く心に訴えてこなかった。また話した後もそそくさと会見会場から退散して行ったのを見て、『逃げている』ように見えたのは僕だけだろうか。
『皆さん一緒にがんばろう』と国民の心に訴えて欲しかった。少なくてもオバマ大統領だったら何度も繰り返しメディアで放映されるような演説をしただろう。
そんな大和魂を感じないリーダーしかいない我が国であるが、翻って被災地にいない我々もまたこれから覚悟をしないといけないことが出てくるのではないか。
事務所のある建物は地震後から未だにエレベーターが復旧していない。まぁ、そんなことは歩けばよいのでまだ良いが、明日からは計画的な停電措置が行われるとのことである。
電気が無いともちろん照明がつかない、水も出ない(ポンプが廻らない)、テレビも見られない、エアコンも付かない生活に直面する。
今からその場面をシミュレーションし、電池を充電し、水を貯め、ラジオを用意し、カイロの用意も必要かもしれない。
電気の無い生活をここで体験しておくのも、これからの時代を生活していくうえでの一つの示唆を与えてくれるのではと、僕は逆にひそかな期待もしているのである。
この日本の状況の中で、いかに自分の役割を認識して普通の生活をし、被災者のためになれるのかを実践したいと思う。
皆さんもがんばりましょう。